大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2112号 判決 1984年4月25日

控訴人

大永基礎工業株式会社

右代表者

木津義弘

右訴訟代理人

小柳晃

被控訴人

大東京火災海上保険株式会社

右代表者

塩川嘉彦

右訴訟代理人

島林樹

中杉喜代司

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五五年四月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

第二  当事者の主張及び証拠<省略>

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断する。

その理由は、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

ただし、次のように、付加訂正する。

1  原判決六丁表七行目から同裏七行目までを、次のように訂正する。

「(二) 確かに、本件免責規定は、自動車の運転については言及しているが、クレーンの操作については言及していない。両者は異なる事柄であり、文理上当然に前者が後者を含むものということはできない。しかし、本件規定が無資格又はこれに準ずる状態での自動車の運転を免責事由の一とする趣旨は、自動車は複雑な装置を有する近代的機械の一種であるから、これを無資格で運転することは危険であつて事故の確率が高いことと、無資格運転による事故は、運転者のいわば故意又は重過失による事故であつて、偶発的な外来の事故とは必ずしも言い難いこととにあるものと解されるが、これらのことは、無資格でのクレーンの操作による事故にも同様にあてはまるものというべきである。又、本件カタピラ式クローラクレーンは、自動車とクレーンの双方の機能を有するが、法令上は「自動車」に該当することは既に認定したとおりである。以上を綜合して判断すると、本件カタピラ式クローラクレーンのクレーン部分を無資格で操作することによる事故については、本件免責規定が適用されるか又は少なくとも準用されるものと解すべきである。」

2  同八丁裏九行目の「連絡」を「運転」と訂正する。

以上の理由により、原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。

訴訟費用の負担につき、同法九五条八九条適用。

(杉山克彦 武藤春光 寒竹剛)

《参考・原判決の事実および理由》

〔事実〕

第一 当事者の求めた裁判<省略>

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 被告は保険事業を目的とする株式会社である。

2 産業福祉共済互助会は、昭和五一年四月一日、被告との間で次のとおりの普通傷害保険契約(以下本件保険契約という。)を締結し、以後毎年自動的に契約を更新してきた(最終契約の保険期間は昭和五五年一月一日から一年間)。

被保険者 佐藤文夫

保険金 日本国内又は国外において急激かつ偶然な外来の事故による死亡のとき一時金五〇〇万円

保険金受取人 原告

3 被保険者佐藤文夫(以下佐藤という)は、昭和五五年四月九日午前八時二〇分ころ(現地時刻)、インドネシア共和国(以下インドネシアという)北スマトラ州アサハン県インドネシアアサハンプロジェクト工事現場において、カタピラ式クローラークレーンのクレーンを操作して杭を吊り上げ、これを移動中、右杭が落下して、その下敷きとなつて胸部外傷・多発肋骨骨折・顔面外傷などの傷害を負い、同日午前九時五五分、入院先のピランガデ・メダン公立病院で死亡した。

4 よつて原告は被告に対し、本件保険契約に基づき、死亡保険金五〇〇万円およびこれに対する被保険者死亡の日の翌日である昭和五五年四月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

全部認める。

三 抗弁

1 本件保険契約に適用される傷害保険普通保険約款には、被告が保険金を支払わない場合として「被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで、または酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で自動車または原動機付自動車を運転している間に生じた事故」を規定している。

2 カタピラ式クローラークレーンは、右約款にいう「自動車」に該当するから、これを運転するには大型特殊自動車免許、クレーン運転士免許(クレーン等安全規則二二三条)を必要とする。道交法に定める道路以外の場所で運転、移動する場合で大型特殊自動車免許を必要としない場合でも、都道府県労働基準局長の当該業務に係る免許(労働安全衛生法六一条)が必要である。また、インドネシアにおいてもデプネーカー(日本の労働省に相当する)による許可が必要である。佐藤は右のいずれの資格をも有せず、無資格でクローラークレーンを運転ないし操作して本件事故を惹起した。

三 抗弁に対する認否及び反論

1 抗弁1の事実は認める。同2の主張は争う。

2(一) 被告主張の約款にいう「自動車」とは、道路運送車両法二条二項に規定する「自動車」と同旨のものであり、「運転」とは道交法二条一項一七号に規定する「運転」と同義に解するのが相当であるところ、クローラークレーンは右約款にいう「自動車」ではないし、佐藤は本件事故発生当時道路以外の場所でクレーン部分の操作をしていたのであるから、本件は自動車を運転している間に生じた事故ではない。

(二) 本件事故はインドネシアで発生したものであるところ、同国ではクレーン操作の特別許可については労働省の地方支所の判断により施行された地方的規制に基づき許可書が交付されるのであるから、事故発生地である北スマトラ州アサハン県(メダン地方)における地方的規則が明らかでない以上、右約款にいう免責事由に該当するということはできない。

第三 証拠<省略>

〔理由〕

一 請求原因事実および本件保険契約には被告主張の免責規定があることは当事者間に争いがない。

二 よつて、以下本件事故が右免責事由に該当するかどうかについて判断する。

1(一) 原告は、クローラークレーンは被告主張の免責規定にいう「自動車」に該当しないと主張するところ、<証拠>によれば、クローラークレーンは、装備したクレーンによつて荷重をつり上げる作業をするショベル系掘削機の一種であることが認められると同時に、原動機を備えキャタピラによつて自力走行することのできる「原動機により陸上を移動させることを目的として製作された用具」であることが認められるのであつて、道路運送車両法施行規則二条別表第一の大型特殊自動車のうち「カタピラを有する自動車」に該当することは、明らかである。

<(二) 次に原告は、クレーンの操作は運転にはあたらないと主張するが、本件免責規定が設けられた趣旨は、本来無資格運転は反社会的な違法行為であるうえ、その危険性ゆえに事故の蓋然性が高く、これに保険の保護を与えることは右反社会的行為を助長する結果となることを考慮したものであると解されるから、クレーン車自体の運転とクレーンの操作とを区別して論ずる必要は全くない。クローラークレーンの運転とは、道路ないし工事現場における場所的移動ばかりでなく、装備されたクレーンを操作して作業に従事することをも含むものと解するのが相当であつて、佐藤のクレーン操作は、クローラークレーンの運転に該当するものというべきである。>

2(一) ところで、前記の本件免責規定が設けられた趣旨に照らせば、本件の場合、少なくとも我国か現地インドネシアかいずれかの国において運転資格を有すれば、その運転が危険性が高いとか、反社会的行為であるとは言えないのであるから、いずれの国の資格も右免責規定にいう「法令に定められた運転資格」にあたると考えるべきである。

(二) そこで工事現場におけるクローラークレーンの運転資格についてみるに、日本国法上は大型特殊自動車免許は有しなくてもよいが、労働安全衛生法六一条に規定する都道府県労働基準局長の当該業務に係る免許が必要であることは明らかであり、<証拠>によれば、インドネシアではクレーン車の操縦者はすべてデプネーカー(人的資源省)に登録し、試験に合格して書翰形式の証書の発行を受けること(承認)が必要であることが認められる(<書証>にいう「クレーン操作のためには操作者は労働省が発行するクレーン操作を許可する特殊な書状を要する」というのも、同旨と解される。)。そうすると、インドネシアにおいてもクローラークレーンの運転ないし操作については一定の資格を要するものということができる。

(三) 次に佐藤が右いずれかの資格を有したかについて検討すると、<証拠>によれば、佐藤の住所地を管轄する千葉労働基準局のクレーン運転士免許台帳には佐藤の氏名が登載されていないこと、原告会社代表取締役木津義弘は、被告会社の調査に際し、担当者がこれらの資格を証明するものの提出を求め、提出しなければ資格がないものとして扱い保険金を支払うことはできないと述べたのに対し、佐藤は我国においてもインドネシアにおいてもクレーンの運転資格を有していなかつたので提出できない旨回答していることが認められる。

右事実によれば、佐藤は、我国、インドネシアのいずれの国においても運転資格を有しなかつたものと認めることができる。

3 以上により、本件事故は佐藤の無資格運転によつて生じた事故として、被告は免責されるものというべきである。被告の抗弁は理由がある。

原告は、本件事故の発生したメダン地方にクレーン車の運転資格に関する地方的規則があり、佐藤はかかる運転資格を有していた可能性があるという趣旨の主張をして、佐藤の無資格運転の点を争うけれども、単に運転資格を有した可能性があるというだけでは前記認定を左右するに足りない(原告は、佐藤がメダン地方における<連絡>資格を有した旨、積極的に反証をあげるべきである。)。

三 よつて原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (大城光代)

〔編注〕< >で示した部分が、本判決によつて訂正された部分である。

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